9/3 三陸自転車の旅、最終日

 快晴。奈良の平城宮跡、九州の大宰府跡とならんで特別史跡とされている多賀城跡を見学して、多賀城駅に戻り三陸海岸自転車の旅を終える。本日の9kmを含めて総走行距離516km。輪行袋に詰めて仙台駅で新幹線に乗り継いで帰宅。 

 

今回の三陸の旅で、初めて訪れたところもあれば4年前に訪れたところもありました。一見、4年前とそんなに状況が変わっていないようなところもあり、震災から6年の歳月を経ても復興・復旧にはまだまだ時間が必要であるという厳しい現実を目の当たりにしました。こんな自転車姿で被災地の人に話しかけてよいものだろうかと心の葛藤もありましたが、地元の方から直接お話が聞けたことはとてもよかったと思っています。一日も早い完全復興・復旧を願うばかりです。

 

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  政庁跡

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  陸奥総社宮

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  輪行袋に詰める前に記念写真

 

9/2 多賀城 ~ 女川 ~ 多賀城(三陸海岸 10日目)

昨日の天気予報は終日雨だったが、今朝の予報は終日曇りになっていた。どんよりとした曇り空。自転車で行けなかった女川町に電車で出かける。交通の便が悪く多賀城がから石巻経由で2時間かかる。石巻で1時間の接続便待ち。その間に昨日行けなかったところを急いで見て回る。

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  ホテルの窓から、多賀城市の街並み

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  途中下車した石巻駅

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  石巻 市内のいたるところに石ノ森マンガのオブジェ

 

多賀城出発が遅くなってしまい女川についたのが15時前。駅の改札口を出るとお洒落なまちなみ、その奥に海が見える。観光案内所で見どころや津波被害状況などを訊いて駆け足で回る。女川では防潮堤をつくらず高台移転とかさ上げの高度化で津波に対処という考え方で復興まちづくりが行われている。16時25分の電車で多賀城に戻る。

  

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  女川駅

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  女川駅舎に併設する女川温泉ゆぽっぽ

 

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 女川駅前のテナント型商店街、シーパルピア女川

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  陸橋の高さを超えた津波

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  女川港

 

本日の走行距離0km、ホテルキャッスルプラザ多賀城(連泊)

 

 

 

 

9/1 石巻 ~ 多賀城(三陸海岸 9日目)

7時半朝食。ご飯、味噌汁はおかわり自由。宿泊料金からはあまり期待出来ないと思ったがまあまあである。このところ天気予報はぴったり当たっていたが、昨夜は曇りの予想だったが、久しぶりの快晴。再度確認してみると終日晴れマークに変わっていた。ついつい出発も遅れてしまい10時になってしまった。

 

駅前の観光案内所で市内地図をもらい、カミさんが震災ボランティア活動の際、拠点となっていた湊小学校へ行ってみる。途中、門脇小学校跡を通るが、新しい道路が走り住居が立ち並んでいて3年前の光景と随分変わっていた。湊小学校前もお店、新しい住居が増え活気を取り戻しているように思える。

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日和大橋から旧北上川河口の眺め。遠くに門脇小学校跡

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  湊小学校前

 

トラックが行き交う海岸線道路を走り、航空自衛隊基地前を通り東松島に入る。鮮やかな緑色の田園風景が広がる。田園地帯を還流する鳴瀬川を渡り野蒜地区に入る。14時、旧野蒜駅跡地にある奥松島観光センターに立ち寄る。2階は映像ホールとなっている。大きなスクリーンから流れる映像は津波被害の恐ろしさなどが如実に伝わってくる。また、震災に関する資料も展示されている。

  

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  鳴瀬川

 

ボランティア活動でこの辺りに来たことがあったがどの辺りだったか記憶が蘇ってこない。観光センターから直ぐ近くの個人が自宅裏山に私費で設けた避難所、土手を上り太平洋の荒波が打ち寄せる野蒜海岸を見た後、東名運河沿いに松島を目指す。

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  野蒜観光センター

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   野蒜海岸

 

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  東名運河

 

17時前、大勢の観光客で賑わう松島到着。小休止後、塩釜へと先を急ぐ。塩釜に着くと17時半を回る。45号線から1kmほど外れるがここまで来たからにはと塩釜(鹽竈)神社に立ち寄る。急な坂道を上ったところにある。18時を回り薄暗くなり眺望が望めないのが残念である。境内へと急ぎご本殿で参拝する。

 

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  日本三景、松島

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  塩釜(鹽竈)神社

 

鹽竈神社を後にする頃にはすっかり暗くなってしまった。45号線を走り19時過ぎ、多賀城到着。部屋で荷物整理をしている時にウエストバッグに取り付けていたカシオの登山時計がないことに気がつく。息子が世界自転車旅に出る時にお祝いにプレゼントしてくれた時計でこの7年間愛用していた大事な時計なのに・・・・。鹽竈神社では時間を確認したのでその後どこかで紛失したようだ。

 

本日の走行距離62km、ホテルキャッスルプラザ多賀城(素泊まり、5600円)

8/31 南三陸町 ~ 石巻(三陸海岸 8日目)

天気予報は15時過ぎから雨。5時半起床。自転車に荷物を取り付け何時でも出発できるようにして7時朝食。8時20分出発。雲の合間から晴れ間がのぞく。宿の直ぐ前の景色がとても美しいサンオーレそではま海水浴場を通って45号線に出る。3年前、津波が何もかもさらっていった光景を目の当たりにして大きなショックを受けたが、道路が新しくなり商店街も出来、復興・復旧工事が進んでいるようだ。

   

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  宿から志津川湾の美しい光景が広がる  

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   南三陸町津波で被災した防災庁舎

 

海沿いの398号線を走るつもりだったが、分岐点を見過ごしてしまい長い坂道を上り、峠を下りかけたところで、どうもおかしいと気づき道路脇の食堂で確認。やはり間違えていた。5kmほど行き過ぎていた。通常であればそのまま直進するのだが、どうしても見たいところがあるので、引き返す。分岐点近くでの鮮魚店で道を訊く。店内でお茶をごちそうになる。この戸倉地区の津波被害の大きかったところで、写真をみせてもらいながら当時の話を聞かせてもらった。話を聞いてから周りの景色を眺めて見ると随所に津波の爪痕が残っているのが見えてくる。

 

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  戸倉地区。この森まで津波が押し寄せたそうです。

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道中見かけた石碑。「地震があったら津波に用心」とある。

 

13時北上川河口に到着。北上川の堤防に沿って川下に走り、新北上大橋を渡る。橋のたもとから左手に少し下ったところから建物(大川小学校)跡だけが見える。14時半石巻に向けて走り出す。空模様が怪しくなる。全速力で先を急ぐが遂に雨が降り出す。天気予報通りである。17時石巻到着。駅から直ぐ近くの宿。屋根なしの青空駐車場しかない。天気予報では夕方から朝方にかけて雨なので自転車を輪行袋に入れて部屋の中に持ち込む。

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  新北上大橋 

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  大川小学校跡

 

本日の走行距離73km、ビジネスホテル笑門館(朝食付き、3780円)

8/30 気仙沼 ~ 南三陸町(三陸海岸 7日目)

 

天気予報通り昨夜から雨が降り出す、それも大雨。今日も大雨だったらもう一泊もやむなしと思っていたら朝7時頃降り止む。今朝の天気予報では7時~12時曇り、12時~13時雨、その後は夜まで曇り。急いで出発用意をし、8時出発。旅館から直ぐ近く気仙沼港フェリー乗り場周辺を見て回る。防潮堤工事が行われていたが、これまで岩手県で見てきたようなそびえ立つようなものでない。工事中のものは高さも低く随分と貧弱に見えてくる。それぞれの県・地域で防潮堤に対する考え方が異なっているようだ。

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旅館の窓からの気仙沼港。震災前は建物が立ち並び海は全く見えなかったそうだ

 

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    気仙沼港での防潮堤工事 

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  気仙沼

11kmほど走ったところ、歩道を走行中、前輪が突然波を打ったような違和感を覚える。路面に問題があるのかと自転車を止めて前輪を見ると空気が半分抜けていた。パンクだ。悪いことに小雨が降り出してきた。屋根があるところがないかと見回すと近くにガソリンスタンド。そこへ駆け込む。パンク修理1296円だった。

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  前輪パンク

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大谷海岸を経て13時半、歌津に到着。道路沿いの拉麵屋でラーメンを食べる。店の人に南三陸町での宿泊施設を訊くとおススメの民宿を紹介してくれネットで電話番号を調べて電話してくれる。こうまでしてくれては断ることもできない。道順を教えてもらい宿へ走る。

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  歌津で立ち寄ったラーメン屋

 

16時海辺の高台にある宿に到着。夕食前に宿から目の前にあるサンオーレそではま海水浴場を散策。部屋がとてもきれいで、食事もとてもおいしい。

 

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  サンオーレそではま海水浴場

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  夕食  

 

本日の走行距離47km、民宿下道荘(1泊2食、7020円)

8/29 釜石 ~ 気仙沼(三陸海岸 6日目)

どんよりとした曇り空。天気予報は午前:曇り、昼過ぎ:雨、午後:曇り・雨。8時45分出発。旅館の直ぐ目の前が新日鉄住金釜石製鉄所。旅館の人の話だと高炉時代の写真などが展示してあるようだと聞いたので守衛さんに見せてもらえますかと訊いてみたところ、たちどころにそんなものはないとけんもほろろに突き返された。

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  高金旅館前にて

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  JR釜石駅

 

長い坂を上ったり下ったりしながら唐丹、吉浜を通り過ぎる。途中いくつかの長いトンネルを抜ける。昨日と違いトンネルがもっと以前に造られたものなのか歩道がない。暗いトンネルの路肩を走るので昨日よりも恐怖を感じる。途中、予報通り小雨がぱらつく。大船渡への長い坂を上りきったところにある道の駅に12時到着。小休止後、出発しようとすると今にも雨が降り出しそうな空模様。その時、これからどこへ行くのと声をかけられる。陸前高田まで行くがよかったら乗せてあげるよと言われる。まだ行ったことのない大船渡を通過してしまうので悩むが、予報では明日の天候は悪そうだし少しでも早く着いた方がいいだろうと乗せてもらうことにする。

 

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  道中、目に入った仮設住宅

  

高速道路を走り、13時陸前高田の奇跡の三本付近で降ろしてもらう。大型ダンプが行き交い復旧工事が行われているが見た目には4年前に訪れた時と状況はあまり進展していないように思える。広域にわたる復旧・復興事業の困難さが窺える。津波の恐ろしさを後世に語り継ぐため、震災遺構として保存されている「タピック45(旧道の駅)」と同じ敷地内にある「陸前高田復興まちづくり情報館」に立ち寄る。情報館には震災前の町の様子、震災の状況、復興の状況などが分かるパネルや映像などの資料が展示されている。

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  峠から30kmほど乗せてもらった車

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  奇跡の一本松

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  震災遺構として保存されているタピック45

 

陸前高田に着いてから天気が急に回復し雲の合間から青空がのぞく。車に乗せてもらったことを後悔。45号線を走り、宮城県に入る。17時半気仙沼到着。市街地への入口で作業服姿の人がいたのでどこか泊まる所がないか尋ねると気仙沼津波被害が大きかったところで気仙沼港近くの市の中心部では営業しているところはないよと言われ困ったなと思いながらもスマホで検索してみるといくつかの営業中のホテル・旅館が見つかった。

 

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   長い上り坂も美しい風景に癒される

 

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  気仙沼港での防潮堤工事。岩手県とは大きさが異なる。

  

取りあえず市の中心部まで行き電話を入れてみると最初の1軒目は満室だったが、2軒目の旅館で部屋が取れた。宿泊客は工事関係者で旅行者はいなかった。

 

本日の走行距離52km、金港館(朝食付き、4600円)

 

8/28 宮古 ~ 釜石(三陸海岸 5日目)

どんよりとした曇り空。9時半出発。昨日走った道を戻り、宮古港へ。復旧工事中で完工までにはまだ時間がかかりそうだ。道の駅に立ち寄り、周辺地の観光冊子を入手。観光案内所の係員から津波被害や防潮堤、この先の重茂半島へ道順などの話を聞く。

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  宮古

 

重茂半島に入る交差点近くのコンビニで食料の買い出し。駐車場で地元の人に重茂半島沿いの海岸線道路について訊いてみると、上り下り山道で最近、熊が出没しているからこのまま国道45号線を走った方がいいのではと言われる。11時を回っていたこともあり重茂半島行きを断念。

 

13時半山田町の市街地に到着。船越、吉里吉里を過ぎると山道となる。恐怖の狭いトンネルをいくつか抜けて、16時大槌町に到着。新しいまちづくりが進んでいる。廃墟となった町役場を目にすると改めて津波被害の大きさを痛感させられる。

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  山田町

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  山田町、港の復旧工事

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  震災遺構として保存されている旧大槌町役場庁舎

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  大槌町、復興まちづくりが進む

 

17時半釜石駅近くの観光案内所に到着。17時を回っていたが幸いまだ閉まっていなかった。宿泊施設と市内地図が書いてある冊子をもらい薦めてくれたビジネスホテルに電話するが満室。4件目で駅近くの旅館で宿が取れた。宿から直ぐ近くの鈴子公園内に建てられた仮設の釜石はまゆり飲食店街で夕食。

 

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   疲れた後のビールは何とも言えない

 

本日の走行距離62km、高金旅館(朝食付き、6500円)